盛大なとんど祭り


今日はこの冬一番の冷え込み、しかし朝から晴天でとんどにはうってつけ。とんど祭り会場の宮原小学校校庭には、1週間前に組み立てられたとんどが、そそり立っています。
故後藤保育所園長さんによって復活したとんど祭り、現在は宮原小学校PTAの主催で行われています。子供達だけでなく、地域の人たちも続々と集まってくる校庭の一角には2台の消防車も待機しています。
学校、PTA、地域の老人会などが一緒になって準備し、多くの地域の人たちの参加できるこのような行事は、子供達はもとより、参加する多くの地域の人たちの心に、『宮原は良いな、宮原の人たちは良いな、こんな行事いいな、』という地域の人々、文化、伝統、環境、などを愛する気持ちを育てることでしょう。
とんどは、画像のように3段に別れていて、中段には子供達の書初め作品がたくさん掛けられていました。子供達の願い事を書いたものも掛けられているようです。地域の人たちが持参したしめ飾りや門松などは、一番足元の笹に重ねて燃やします。
大人に付き添われた子供達が、とんどの周り7~8箇所で点火しますと、一瞬あって、とんどは一気に燃え上がりました。沸きあがる歓声と同時に、とんどを囲む人々の輪がざわざわと後ずさりし少し広がりました。少し離れた校舎の窓から見ていた私達のところにも炎の熱気が伝わってきました。
しばらくして、炎が治まるとお餅を焼きます。PTAが用意したお餅と、地域の人たちが各自持参したお餅が、炭火の上で焼かれます。とんどの炎にあたったり、とんどの火で焼いたお持ちを食べれば1年間無病息災で過ごせるといわれているので、今年はきっと大病をしないですむでしょう。
燃え上がる炎を見ながら、子供の頃、田舎の田んぼの中で行われていた素朴なとんどの記憶が蘇りました。地域によってとんどの組み方は様々のようで、田舎でのとんどは、1本の柱を芯にして、切り出してきた竹を長いまま何十本も束ねて立て、足元に稲わらをたくさんおいて火をつけたものでした。今日体験したとんどより、もっと煙が多く、竹の割れる音ももっと激しかったように記憶しています。
毎年1月14日の夕方行われていました。子供達は書初めを竹の先などにつけて煙の上にかざします。書初めがとんどの煙に乗って遠くへ飛べば飛ぶほど、習字がうまくなると言い伝えられていたからです。舞い上がってすぐに近くに落ちてきたりすると、再度煙の上にかざし、とにかく遠くへ飛ばそうと頑張ったものでした。
この日は鏡餅を焼く日でもありました。竹ざおの先にしっかりと固定した鏡餅を焼いたのも懐かしい思い出です。お餅を焼く頃にはもうすっかり暗くなっていたものです。そして、とんどの日のもう一つの楽しい思い出が、『とのへい』です。
『とのへい』というのは、アメリカでハローウィンの夜、子供達が”Trick or Treat”と言いながら近所を回ってお菓子をもらうのに似ています。今はもう廃れてしまったかもしれませんが…。
近所のともだちと一緒に、あるいは兄弟姉妹で、2~3人で回るのです。親にわらすぼを作ってもらいます。わらすぼとは昔は納豆を発酵させるのに使っていましたね、あの稲わらを束ねたものです。中に何かを詰めていたのか、空だったのかは記憶にありませんが、『とのへい』といいながらそのわらすぼを玄関から投げ込むのです。
投げ込まれた家では、そのわらすぼに「お餅」「みかん」「お菓子」などを詰めて返しますが、返すときにとのへいの子供に水を掛けてもよいことになっているから大変です。とのへいへの対応は家庭によって様々で、本当に水を掛けようと、バケツに水を用意している人もいて、玄関先にわらすぼは置いてくれるのだけど、水を掛けられそうでなかなか取りに行けなかったり、全くそんなことをせずに、「どうぞ」とお菓子のいっぱい入ったわらすぼを手渡ししてくれる人もあったり。
伝統行事とんどに参加して、懐かしい昔が蘇りましたが、50年も前のことなので、記憶違いもあるかもしれません。もしも同じような体験をお持ちの方、ぜひお知らせいただきたいです。
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